監獄の本質を説いたフーコー「監獄の誕生」を紹介&解説!

社会学

こんにちはロウシです。

今回は現代の管理社会の本質を説いたフーコーの「監獄の誕生」を紹介します。

1975年に書かれてから様々な人に読まれてきた本書はまさしく名著と言えるでしょう。

今回はそんな「監獄の誕生」をできるだけわかりやすく紹介します。

これから「監獄の誕生」を読む人の手助けになれば幸いです。

今回の記事を読んでわかることはこういったことです。

  • フーコーとはどういった人物なのか
  • 「監獄の誕生」の内容
  • 権力とはなにか
  • 監視と処罰の歴史
  • 管理社会の源流
  • フーコーの哲学
  • パノプティコンとは何か

この記事の要点が知りたい方は目次から まとめへ飛んでください。

ミシェル・フーコーとは

wikipediaより

ミシェル・フーコー(1926~1986)のフランスの哲学者です。

彼の主な著作は、「狂気の歴史」、「言葉と物」、「知の考古学」、「監獄の誕生」などがあります。

狂気や権力、性など彼の研究は多岐にわたります。

彼の哲学は分類が難しいです。

どういう事かというと、彼の哲学は世間からは構造主義と言われていますが、自らは構造主義を批判しているのです。

だから最近はポスト構造主義に分類する人もいます。

ここはすごくややこしいですが、まあポスト構造主義と思ってもらえれば良いと思います。

ミシェル・フーコーは1926年フランスのポワティエに生まれました。

彼はパリの名門校に入学します。

成績は常に良かったそうです。

学生時代彼は、同性愛者であることや、社交的ではない自分に悩み自殺をしようとしたと言われています。

1966年に「言葉と物」を出版。

彼の名前は世間に知れ渡ります。

1975年に「監獄の誕生」を出版します。

1984年エイズで亡くなります。

「監獄の誕生」とは

監獄の誕生」は1975年に出版された本です。

「監獄の誕生」の目標はなんなのでしょうか。

これについては「監獄の誕生」から引用してみます。

この書物の目標は以下のとおりだ。近代精神と新しい裁判権との相関的な歴史。処罰権がその根拠を入手し、その正当性と諸規則を受取り、その影響を及ぼし、その途方もない奇怪さに仮面をかぶせている、こうした現今の科学的で司法的な複合体の系譜調べ。

ミシェル・フーコー 田村俶(訳)(2020)『監獄の誕生』新潮社(p.29)

つまり近代精神と新しい処罰権の相関的な歴史の記述がおそらく本書の目的です。

この目的に注意して「監獄の誕生」を読めば理解しやすいと思います。

それでは内容の解説をはじめます。

処罰の歴史

本書はまず監獄が誕生するまえの3つの処罰の形式と歴史が書かれています。

第一に王や君主権力による身体刑。第二に社会的に一般的となる処罰。第三に管理装置としての監獄制です。

それらを順番に解説したあと、現代社会の隅々まで行き渡っている規律・訓練型の権力と最強の監獄パノプティコンを細かく見ていきます。

王による身体刑

最初に君主権力による身体刑についてみていきましょう。

君主制における犯罪とは一体なんなのでしょうか。

それは被害を被る側への罪と同時に法で国家を治めている君主への反逆になります。

君主制では身体刑つまり拷問を見世物として民衆に見せて法を破られた王の名誉を回復すると同時に王の復讐を行うのです。

罪人は首に罪状をぶら下げ市中引き回しにされ公衆の面前で自らの罪を拷問によって認めさせられます。

さらに君主の名誉を傷つけた犯罪者は君主の力の誇示として民衆の前で残酷な刑を受けるのです。

社会による処罰

18世紀になると改革者たちが刑罰の改革を行います。
具体的には、

  • 犯罪で得られるメリットよりも、刑罰を受けることによって生じるデメリットの方が多いと示す
  • 再犯防止のために直接的な苦痛よりも観念的な苦しみを与える
  • 体系的な犯罪の規定と位置づけ
  • 罪人は社会の利益になること(主に土木工事)などをして罪を償う

などが行われるようになりました。

なぜこのように刑罰が変わっていったのでしょうか。

それは権力が王や君主などから資本主義的なブルジョワジーに移行したからです。

君主の恣意的な権力から合理的な規則や法律で裁かれるようになりました。

もはや刑罰は君主の名誉回復ではなく、社会のルールをやぶり、社会全体の秩序を壊そうとしたものへの処罰へ変わっていきます。

革命などで確立された人権の概念などが恣意的な刑罰や曖昧な罪の概念、拷問などを許さなくなったのです。

しかしこの処罰の方法は定着せず、すぐに監獄にとって変わられます。

管理装置としての監獄

監獄はさきほどの処罰の形式とかなり似ています。

例えば、罪と罰の規定や、再犯防止、罪人の矯正などです。

しかしそのベクトルの向きが根本的に変化します。

前者(先程の改革者の処罰)は犯罪をすることによるデメリットを直接てきに犯罪者に教え込んでいました。

ですが監獄のシステムは、受刑者の身体の管理に、いわば身体を訓育することで無意識レベルで服従する人間を作ることが目的です。

監獄は受刑者を徹底的な規律のもとにおき、訓育し規格化された身体を作ろうとしています。

フーコーはこの監獄のシステムは学校、病院、軍隊、会社など様々なところで使われていると言います。

詳しくはあとで説明します。

しかし監獄の目的(受刑者を訓育し、社会に適応させる)は常に失敗しています(再犯率は高いまま)。

なぜでしょうか。

それは監獄の本当の機能は、社会から法律違反者をなくすことではなく、何が規律に沿っていていて、何が法律違反(非行)なのかを分ける事にあるからです。

監獄は正常と異常を決定する規格化の権力です。

人々は皆、裁く側にいるために、自分の行動を規格に合ったしたものにしようと努力します。

規格からはずれた者は、異常なものとして社会から排除、監禁、矯正されるからです。

では監獄はどのように人々を訓育するのでしょうか。

次はそれを解説します。

監獄の本質

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監獄はどのように訓育するのでしょう。

監獄システムの本質(規格化)ささえる方法が規律です。

規律は身体を拘束し管理することによって従順な人間(機械)を作り出す方法です。

この規律はあらゆるところで応用されています。

学校、病院、軍、会社、社会、工場などです。

規律の具体的な方法は主に三つあります。

  1. 閉鎖空間に閉じ込める
  2. 時間割を設定する
  3. 試験を行う

これらは規律の具体的な方法です。

これの典型的な例が学校です。

学校では教室という閉鎖空間に閉じ込め、時間割を設定し、試験を行います。

まさに規律の典型的な例です。

そして私達は規律の中でまるで機械の部品のようになるのです。

かわりなんていくらでもいる。

これはまさに現代社会です。

私たちは、これら身体調教の規律をモデルにした社会に生きています。

私たちは自由だと信じていますが、本当は自由などない逃げ場のない社会という巨大な監獄の中で生きているわけです。

閉鎖空間に閉じ込めたり、時間割を設定するのは身体的な支配ですが、知的な面でも規律の魔の手に私達はさらされています。

それは試験です。

我々は常に試験にさらされいます。

学生なら定期的にテストがあります。

社会人なら仕事が評価されるという面で試験があります。

学校は延々と試験を行う試験装置です。

学校というのは学ぶところではなく規格(真理という名の)に合った人間になるための場所です。

会社も同じです。

常に上司の評価を気にして、自らの行動や知を規格にあったものになるようにしなければなりません。

真理というのは結局、権力者が決めた権力者に都合の良い物なんです。

社会の規格にあった人間は規格から外れた人間を監視する側にまわり、規格に合っていない人を排除しようとする。

本当に現代社会はフーコーがいう監獄のようなものなんです。

試験は、規格の到達段階に応じて権力を与える儀式でしかありません。

そして社会の秩序(規格)に自発的に従う奴隷を作り上げる強力なシステムなのです。

この規律のシステムを最大限に生かして作られた監獄がパノプティコンです。

パノプティコンとは

先程の監獄のシステムを最大限生かして作られた監獄がパノプティコンです。

パノプティコンがどのような構造の建物かは下の写真を見れば分かると思います。

wikipediaより

パノプティコンの特徴としては中心に監視塔があり、そのまわりに囚人の檻があるとおもいます。

ここで重要なのは囚人からは見られているかを確認する手段がないことです。

つまり極端な話、監視塔に人がいなくても囚人は勝手に命令に従う機械になるのです。

なぜ勝手に従うのでしょう。

それは常に見られているという不安があるからです。

監視し裁く権力は、匿名、自動、常態です。

だから囚人の心のなかに視線が植え付けられます。

そしてそれが監視者がいなくとも命令に従う奴隷を作り出すのです。

パノプティコンのシステムは非常に効率的に人を支配します。

監獄にいない人々(一般人)は法律さえ守れば自由だと勘違いしています。

しかし私達が自由だと思っているものは以上の身体調教と自らの心の中に埋め込まれた「監視の目」で作られています。

我々の行動は社会の規律を強要する視線によって規定されています。

もし社会の視線を無視すれば、自由や権利を剥奪され収監されます。

フーコーがあぶり出したのは、社会や自由の隠れた条件である身体調教の方法です。

「監獄の誕生」を読んで学べる事

「監獄の誕生」をよんで学べる事はたくさんあります。

いまからそれを書いていきます。

ここに書いたことはあくまでわたし個人の話です。

参考にでもなれば幸いです。

処罰の歴史を知ることができる

まず最初に処罰の歴史を知ることができます。

これほど哲学的な考察がなされた処罰の歴史の本はそれほどありません。

処罰の歴史という観点だけなら他の本もあるでしょうが、フーコー独自の考察がされている本は他にはありません。

処罰の歴史を知りたいという方はこの本を読んで損はないと思います。

権力とは何かを知ることができる

次に権力とは何かを知ることができます。

「監獄の誕生」は権力論の本なので権力とは何かについて詳しく知ることができます。

フーコーの権力論は面白いのでぜひ読んでみてください。

パノプティコンとは何かを知ることができる

最後にパノプティコンについて知ることができます。

フーコーの概念でいちばん有名なのはパノプティコンだと思います。

フーコーのパノプティコンを知りたい方はぜひ読んでみてください。

「監獄の誕生」がおすすめの人

「監獄の誕生」がおすすめな人はこういう人です。

  • 監獄について知りたい人
  • 処罰の歴史を知りたい人
  • 権力について知りたい人
  • パノプティコンについて知りたい人
  • 現代社会を考察したい人

このような人はこの本をよんで面白いと感じるとおもいます。

「監獄の誕生」がおすすめじゃないひと

「監獄の誕生」がおすすめではない人はこういう人です。

  • 監獄に興味がない人
  • 処罰に興味がない人

このような人は読んでも楽しめないと思います。

まとめ

  • ミシェル・フーコーはフランスの哲学者
  • 「監獄の誕生」では処罰の歴史と監獄(社会)の本質が書かれている
  • 処罰は身体刑→社会的な刑→監獄の順に変化していった。
  • 監獄は本質的に学校や会社と同じ
  • 監獄は本来の目的(再犯率の減少)はできない
  • 監獄は何が良くて何が悪いかを規定する
  • 規定された正義から逸脱した者を排除するのが社会
  • パノプティコンは囚人の心に「監視の目」をつくる

今回は「監獄の誕生」についての記事でした。

ご興味があればぜひご一読ください。